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はじまりの季節 — 第19話

【35歳・初デートの沈黙】コミュ障が会話マニュアルを捨てた日|オソコイ 30代の恋愛体験ストーリー

3分

主人公: 35歳 / 品質管理(メーカー)

初デートコミュ障失敗と気づき会話が続かない

第一章:完璧な武装

「会話の『さしすせそ』。休日の過ごし方、好きな食べ物、最近楽しかったこと…よし」

約束の時間の15分前。駅前のカフェの近くで、35歳の俺はスマホのメモ帳を凝視しながら呪文のようにブツブツとつぶやいていた。

品質管理という仕事柄、マニュアルがないと動けない。ましてや女性との「デート」など、俺の35年間の人生において完全に未知の領域だ。ネットで「初デート 会話 続かない 男」と検索し、出てきたブログ記事を片っ端から読み漁り、絶対に失敗しないための『質問リスト』を頭に叩き込んできた。

今日会うのは、マッチングアプリで知り合った32歳の女性だ。メッセージでは映画の話で少し盛り上がったが、対面で話すとなると全く別物だ。

「完璧にやらなければ。嫌われたら終わりだ」

緊張で心臓が早鐘のように打つ中、俺は「スマートで余裕のある大人の男」の仮面を被り、待ち合わせ場所へと向かった。

第二章:地獄の一問一答

「あの、はじめまして。〇〇さんですか?」 「あ、はい。はじめまして」

挨拶を交わし、カフェの席に向かい合って座る。ここまでは想定通りだ。さあ、マニュアルの出番だ。まずは相手を褒めて、軽い質問で場を和ませる。

「今日はありがとうございます。その服、とてもお似合いですね。休日はいつも何をされているんですか?」 「ありがとうございます。休日は…そうですね、家で本を読んだり、たまに買い物に行ったりします」 「へえ、読書ですか。いいですね(さすがお目が高い、と言えとブログには書いてあったが不自然すぎる)。最近はどんな本を?」 「ミステリー小説をよく読みます」 「なるほど。ミステリーですか。すごいですね」

……沈黙。

頭の中のメモ帳が真っ白になった。「ミステリー」に対する次の質問カードが用意されていなかったのだ。俺の口から出たのは、全く脈絡のない次の質問だった。

「好きな食べ物は何ですか?」 「えっと、パスタとか…イタリアンが好きです」 「イタリアン。いいですね」

……再びの沈黙。

まるで面接官のような一問一答。彼女の表情には明らかに戸惑いと、隠しきれない退屈さが浮かんでいた。グラスの氷が溶けてカランと鳴る音が、やけに大きく店内に響く。

(違う。こんなはずじゃない。マニュアル通りにやっているのに、なぜ全く話が弾まないんだ)

額から冷や汗が吹き出すのを感じた。沈黙を埋めようと焦れば焦るほど、頭の中の引き出しには鍵がかかり、言葉が出てこない。

第三章:白旗の告白

開始からわずか20分。すでに空気は重く沈み込み、俺は絶望的な気分になっていた。 「スマートな男」どころか、ただの不気味な尋問マシーンだ。彼女はスマホの時計をチラチラと気にし始めている。もうダメだ。帰りたいと思っているに違いない。

(どうせ失敗するなら、せめて最後に謝ろう)

俺は大きく深呼吸をし、膝の上で強く拳を握りしめた。そして、被っていた仮面をかなぐり捨てるように口を開いた。

「ごめんなさい」

突然の謝罪に、彼女が驚いたように顔を上げる。

「実は俺、女性と二人で食事をするのが…本当に久しぶりで。今日のために、ネットで『初デートで絶対に失敗しない会話術』みたいな記事を徹夜で読んで、質問のリストを丸暗記してきたんです」

俺は自嘲気味に笑った。

「でも、いざ目の前に座ったら頭が真っ白になってしまって。さっきから変な質問ばかりして、面接みたいになってしまって本当に申し訳ありません。つまらないですよね」

すべてを吐き出し、うつむいた。これで終わった。きっと愛想笑いを浮かべて「そろそろ出ましょうか」と言われるはずだ。

しかし、数秒の静寂の後、聞こえてきたのは、小さく吹き出すような笑い声だった。

「ふふっ…あ、ごめんなさい」

顔を上げると、今日初めて見る、彼女の自然で柔らかな笑顔があった。

「実は私も、すごく緊張してて。何を話せばいいかわからなくて、無難な返事しかできなくて申し訳ないなって思ってたんです」 「えっ…」 「徹夜で会話の練習してきてくれたんですね。それ、すごく嬉しいです。でも、無理して面接官みたいにならなくて大丈夫ですよ。私も面接みたいでちょっと怖かったので」

彼女のその言葉に、俺の肩からスーッと不自然な力が抜けていくのがわかった。

「……怖かったですよね、やっぱり」 「はい。でも、今は安心しました。なんだか、やっと本当の〇〇さんと話せた気がします」

そこからの会話は、マニュアルにはないものだった。 スマートな相槌も、気の利いたジョークも言えなかった。ただ、お互いの緊張や不器用さを笑い合いながら、目の前のコーヒーの味や、最近観て失敗した映画の話をした。

沈黙が訪れても、もう怖くなかった。

エピローグ

店を出る頃には、予定していた1時間がとっくに過ぎていた。

「スマートで完璧な大人の男」なんて、俺には一生なれそうにない。 でも、マニュアルを手放して、不器用で情けない自分を素直にさらけ出した時、初めて誰かと心で繋がれた気がした。

「次は、どこに行きましょうか」

別れ際、彼女からそう言われた時の嬉しさを、俺はきっと一生忘れない。

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