はじまりの季節 — 第15話
【35歳・コミュ障の恋愛】無口な男の静かな恋の始まり|オソコイ 30代の恋愛体験ストーリー
主人公: 34歳 / 工場勤務
沈黙が怖い男の葛藤
「……お疲れ様です」
終業チャイムが鳴った後、34歳の工場勤務、直樹は同僚に小さく会釈をしてロッカーへ向かった。 今日1日で発した言葉は、朝の挨拶と業務連絡、そしてこの一言だけだ。
直樹は昔から、極度の口下手だった。いわゆる「コミュ障」というやつだ。 複数人での雑談には入れず、1対1になっても「何を話せばいいのか」「変なことを言って嫌われないか」と頭の中で考えすぎてしまい、結局何も言えずに気まずい沈黙を作ってしまう。
「こんな自分が、女性と楽しく会話なんてできるわけがない」
それが、直樹が34年間、恋愛から逃げ続けてきた最大の理由だった。 しかし、休日にアパートで一人、誰とも言葉を交わさずに過ごしていると、時折胸が締め付けられるような孤独感に襲われる。
「コミュ障 30代 男 出会い」 諦めきれずにスマートフォンで検索しては、ため息をつく。 合コンや婚活パーティーのような「瞬発的な会話スキル」が求められる場所は、直樹にとって地獄でしかない。
文字に託す、本当の自分
検索を続けるうちに、ふと一つの考えが浮かんだ。 「対面で話すのが無理なら、文字から始めればいいのではないか」
マッチングアプリなら、最初はすべてメッセージでのやり取りになる。相手の顔色を窺いながら焦って返事をする必要はない。自分の部屋で、じっくりと言葉を選んで伝えることができる。
直樹は勇気を振り絞り、真面目な人が多そうなアプリに登録した。 自己紹介文には、嘘をつかずにこう書いた。 「極度の口下手で、対面で楽しくおしゃべりするのは苦手です。でも、人の話を聞くのは好きですし、メッセージなら少しずつ自分のことを伝えられると思い登録しました」
数週間後。 直樹のその不器用な自己紹介文に「いいね」をしてくれた、同い年の女性とマッチングした。 書店員をしているという彼女もまた、「大人数の場が苦手で、静かに過ごすのが好き」だとプロフィールに書いていた。
メッセージでの直樹は、職場の「無口で暗い男」とは別人だった。 彼女が好きな小説の話に対し、直樹は時間をかけて自分の感想をまとめ、丁寧に返信した。対面なら「あ、はい……いいですよね」で終わってしまう会話が、文字を通すことで深く、豊かに広がっていった。
喋らなくてもいいという救い
やり取りが1ヶ月続いた頃、彼女の方から「今度、一緒に本屋巡りでもしませんか」と誘いがあった。 直樹の心臓は跳ね上がった。嬉しいという感情のすぐ後に、「実際に会って、何も話せなくて失望されたらどうしよう」という強烈な恐怖が襲ってきた。
前日の夜、直樹は震える指でメッセージを送った。 『本当に口下手なので、明日、退屈させてしまったらごめんなさい』
翌日。待ち合わせの駅前に現れた彼女は、メッセージから想像していた通りの、穏やかな雰囲気の人だった。 案の定、直樹は緊張のあまり、ほとんど言葉を発することができなかった。「天気が良くてよかったですね」「そうですね」という会話の後は、ただ本屋の中を並んで歩くだけの時間が続いた。
気まずい。何か話さなければ。 直樹が焦って冷や汗をかき始めた時、隣を歩く彼女がふと立ち止まり、小さく笑った。
「直樹さん、メッセージで書いていた通りですね」 「……すみません。つまらないですよね」 「ううん、全然」
彼女は、棚に並んだ本を見つめながら穏やかに言った。
「メッセージで、直樹さんがすごく誠実で優しい人だっていうのは分かっていますから。無理に喋らなくても、こうして静かに並んで歩いているだけで、すごく落ち着きます」
その言葉を聞いた瞬間、直樹の肩からスッと重い荷物が下りていくのを感じた。 会話で楽しませなければいけない。沈黙は悪だ。そんな強迫観念が、静かに溶けていく。
喋れなくてもいい。不器用でもいい。 文字から始まった関係は、直樹という「コミュ障の男」を、ありのままの姿で受け入れてくれた。 帰り道、二人の間に流れる沈黙は、もう気まずいものではなく、とても温かで心地よいものに変わっていた。
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