はじまりの季節 — 第4話
【35歳・趣味からの出会い】ログインボーナスと本当のつながり|オソコイ 30代の恋愛体験ストーリー
主人公: 37歳 / 一般事務
37歳、独身。6畳1間のアパートは、他人というノイズから自分を守るための、完璧なシェルターだった。 壁一面の本棚にはSF小説と漫画が並び、デスクの上には高性能のゲーミングPCが鎮座している。メーカーの一般事務として働く拓也は、残業も少なく、定時に帰宅しては画面の向こうの冒険に出かける毎日を送っていた。
「恋愛なんて、コストパフォーマンスが悪すぎる」 それが拓也の口癖だった。現実の人間関係は面倒で、思い通りにならないことばかりだ。その点、ゲームや小説は裏切らない。37年間、彼女がいない自分の寂しさを、彼は「趣味が充実しているから」という都合のいい盾で隠し続けてきた。
しかし、その盾にヒビが入る出来事があった。 大学時代からの唯一の趣味仲間であり、毎週末オンラインゲームでボイスチャットを繋いでいた親友のサトシから、結婚の報告を受けたのだ。 「これからは少し、ゲームに入る時間が減ると思う。ごめんな」 電話越しに聞こえるサトシの声は、少し申し訳なさそうだったが、人生の次のステージに進む男の確かな充実感に満ちていた。
それからの週末、拓也の部屋は奇妙なほど静かになった。 1人で起動するゲームの画面は、いつもより色褪せて見えた。どんなに強いボスを倒しても、それを共有する相手はもういない。夜中にふとコントローラーを置いたとき、耳の奥に響くのは冷蔵庫の駆動音だけだった。 「俺は、このままこの部屋で、1人で歳を取っていくのだろうか」 突然、奈落の底を覗き込んだような強い寒気が背中を走った。趣味という盾を失った自分の剥き出しの孤独が、そこにあった。
翌週の夜、拓也はPCのブラウザでマッチングアプリの紹介記事を眺めていた。スマホを手に取り、アプリをダウンロードするまでの動作は、まるでゲームの難関クエストに挑戦する時のような緊張感があった。 登録を進めていく中で、最も頭を悩ませたのはやはりプロフィール欄だった。 「趣味:ゲーム、SF小説、アニメ」 正直に書けば、女性から即座に恋愛対象外としてブラッシュアップされるのではないかという恐怖があった。多くの男性会員のプロフィールには「ドライブ」「旅行」「カフェ巡り」といった、外向的で爽やかな趣味が書かれている。
拓也はキーボードの前で長い間フリーズしていた。 しかし、嘘のプロフィールを作って、仮にマッチングしたとしても、自分が苦しくなるだけだ。ゲームでも、初期ステータスを偽って挑むプレイはいずれ詰む。 拓也は覚悟を決め、ありのままの自分を言葉にすることにした。
『はじめまして、拓也と申します。メーカーで事務職をしています。37歳です。仕事以外の時間は、自宅でゲームをしたりSF小説を読んだりして過ごすことが多い、完全なインドア派です。これまで女性とお付き合いをしたことがなく、気の利いた会話は得意ではありませんが、お互いの好きなものを尊重し合える関係を築きたいと思い登録しました。もし同じように、家で過ごす時間が好きな方がいれば、お話ししてみたいです』
不器用で、いかにもオタクらしい文章だった。それでも、これが今の自分のすべてだった。
登録してから数日間、画面には何も起きなかった。「やはり、37歳でこれは無理があったか」と諦めかけていた金曜日の夜、スマートフォンの画面が淡く光った。 1通の「いいね」が届いていた。
相手は34歳の「美紀」という女性だった。プロフィール写真には、眼鏡をかけて静かに微笑む姿があり、自己紹介文にはこう書かれていた。 『はじめまして。私もゲームや読書が大好きで、休日はほとんど家から出ないインドア派です。拓也さんの、自分の好きなものを隠さずに誠実に書かれているプロフィールにとても共感し、いいねを送らせていただきました。最近はどんなゲームをされていますか?』
心臓が飛び跳ねた。自分の避難所だった趣味の世界が、現実の誰かと繋がる架け橋になった瞬間だった。 拓也は急いで返信の文章を作成した。
『美紀さん、はじめまして。いいねと温かいメッセージをいただき、本当にありがとうございます。最近は、海外のインディーゲームのパズルアドベンチャーを遊んでいます。美紀さんは普段、どんなジャンルのものを遊ばれますか?』
そこからのやり取りは、拓也が恐れていたような「現実の難しい対人関係」ではなかった。お互いのお気に入りの本や、徹夜して遊んだゲームの思い出を語り合う時間は、オンラインゲームでサトシとチャットしていた時のような心地よさがあり、同時に、相手が女性であるという微かな鼓動の高鳴りがあった。
2週間後、2人は初めて会うことになった。 拓也は人生で初めて、男性向けのファッション雑誌を買い、美容室を予約した。鏡の前に立つ自分は相変わらず地味だったが、少しだけ背筋が伸びているように思えた。
待ち合わせの場所は、静かなブックカフェだった。 「拓也さん、ですか?」 声をかけてきた美紀は、写真の通り柔らかい雰囲気の女性だった。 「はい、拓也です。はじめまして、美紀さん」 緊張で声が少し上ずったが、美紀は優しく微笑んでくれた。
店内で美味しいお茶を飲みながら、2人はお互いの好きな小説の話を始めた。初めはぎこちなかった会話も、共通の趣味の話題になると、自然と弾んでいった。 「私もその小説、大好きです。まさか同じ作家のファンの方と出会えるなんて思っていませんでした」 美紀が目を輝かせて言う。その表情を見つめながら、拓也は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
自分の好きなものを恥じる必要はなかったのだ。 あのまま趣味の部屋に引きこもり、外の世界を拒絶していたら、この温かい時間に出会うことは一生なかった。
「現実」という名の世界は、自分が思っていたよりも、ずっと優しくて冒険に満ちている。 夕暮れ時の帰り道、拓也は美紀と次の週末に一緒にゲームショップへ行く約束を交わした。アパートの部屋に帰り、いつものゲームの電源を入れた時、拓也はそれが美紀と共有できる新しい未来の入り口のように感じられて、静かに微笑んだ。
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