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はじまりの季節 — 第17話

【35歳・普通の男の仮面】婚活うまくいかない30代男の罠|オソコイ 30代の恋愛体験ストーリー

3分

主人公: 35歳 / システムエンジニア

初デートマニュアルありのまま30代

「普通」という名の呪縛

「非モテはまず、美容室に行け。そしてユニクロでマネキン買いをしろ」

マッチングアプリで初めてデートの約束を取り付けた夜。35歳のシステムエンジニアである智也は、ネットの「恋愛指南記事」を読み漁っていた。 これまでファッションにも髪型にも無頓着で生きてきた智也にとって、そこに書かれていることは絶対のルールのようだった。

デート当日。 智也は指南記事の通り、5000円払って美容室で髪をセットしてもらい、ユニクロで店員に選んでもらった「無難で清潔感のある服」を着ていた。 待ち合わせ場所の駅前に立つ自分は、まるで他人のようだった。首回りのシャツが妙にチクチクして落ち着かない。

「智也さんですか?」

声をかけられ、振り返る。アプリの写真通り、淡い色のワンピースを着た同い年の女性、沙織が立っていた。 「あ、はい。はじめまして」 智也は引きつった笑顔で応えた。頭の中では「第一印象は笑顔で爽やかに」というネット記事の教えがリフレインしていた。

借り物の自分と、息苦しいカフェ

智也が予約していたのは、ネットで「初デートの鉄板」と紹介されていた、表参道にあるオシャレなカフェテラスだった。 席に案内されたものの、周囲は洗練されたカップルばかりで、智也は完全に場違いだと感じていた。

渡されたメニュー表には、見たこともない横文字の飲み物とスイーツが並んでいる。 「えっと……この、カモミールとシトラスのインフュージョンって……お茶、ですかね?」 「ふふ、たぶんそうだと思います。私はアールグレイにしますね」

会話も全く弾まなかった。 「休日はカフェ巡りや映画鑑賞がおすすめです」という指南通りに話を振ったが、普段は家でゲームをして過ごす智也にとって、カフェや映画の話は底が浅く、すぐに言葉に詰まってしまった。

着慣れない服。慣れない場所。自分の言葉ではない会話。 まるで「普通の男」という仮面を被って、無理やり演技をしているような息苦しさだった。 沙織も心なしか、愛想笑いばかりで疲れているように見えた。

(あぁ、やっぱり俺には無理だったんだ。ネットの真似事なんて) お会計の時も、スマートに支払うつもりがクレジットカードをもたついてしまい、智也の自己嫌悪は底辺まで落ちていた。

仮面を脱ぎ捨てるファミレス

カフェを出て、駅へ向かう帰り道。二人の間には重い沈黙が流れていた。 智也は、これ以上嘘をつき続けるのは限界だと感じ、立ち止まって深く頭を下げた。

「あの、今日は本当にすみませんでした」 「えっ?」

沙織が驚いて振り返る。 「僕、本当はあんなオシャレなカフェなんて行ったことないんです。服も、昨日店員さんに選んでもらったもので……無理して『普通の男』になろうとして、空回りしてしまいました。退屈な思いをさせてしまって、ごめんなさい」

すべてを白状し、智也は目を伏せた。 「次は無いだろう」と覚悟していた。しかし、沙織の口からこぼれたのは、小さく吹き出すような笑い声だった。

「ふふっ……あははっ」 「え……?」 「ごめんなさい。でも、実は私もなんです」

沙織は、少し窮屈そうにワンピースの裾を直した。 「ネットで『婚活には淡い色のワンピース』って書いてあったから無理して着てきたんですけど、ヒールも痛くて、ずっと息苦しかったんです。カフェのメニューも、全然分からなくて」

その言葉を聞いて、智也の目が見開かれた。 「え、そうだったんですか?」 「はい。私も、無理して『普通の女』を演じてました。……智也さんが正直に言ってくれて、すごくホッとしました」

二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出した。 先ほどまでの、重くて冷たい空気が嘘のように晴れていく。ネットの指南記事が作った「量産型の普通」という仮面が、音を立てて剥がれ落ちた瞬間だった。

「あの、沙織さん」 智也は、今日一番の、作り物ではない自然な笑顔で言った。 「もしよければ、駅前のサイゼリヤで、ミラノ風ドリアでも食べて帰りませんか? 僕、お腹空いちゃって」

「いいですね! 私、実はサイゼリヤの辛味チキンが大好きなんです」

着慣れない服と、痛いヒール。不格好な二人は、オシャレな表参道の街並みを背に、一番落ち着く場所へ向かって歩き出した。

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